公益法人会計雑感

―「門前の小僧」のたわごと―(筆者・川崎貴嗣)

第5回/情けなや、こんな予算書に誰がした (2001/08/27)

 かつて私が永年携わっていた月刊誌の巻頭言に、公益法人の収支予算書は所詮作文に過ぎない、なんて趣旨のことを書いたとき、「公益法人会計のドシロウトが何を言うか」と公益法人に精通した公認会計士からひどく叱り付けられたことがある。公益法人の立場に立って懇切に実務指導をされていた方なので、私の「作文」という表現に立腹されたらしい。 書かでもがなのことを書いたかな、とその場は一応頭を下げて恭順の意を表したが、現在に到るも、収支予算書が作文ないしは帳尻合わせではないかという疑念が、私の頭から離れていない。ただ、ここで自己弁護するわけではないが、こういうことがあるから世間が色眼鏡で公益法人を批判したりするので、そうあってほしくないと思う気持ちが、この駄文を書かせるのであることをご理解いただきたい。作家だか評論家だか定かでないが、今しきりに公益法人撲滅論や公益法人性悪説を声高に叫んでいる御仁がいるが、私はそうした立場に与する積もりはさらさらない。是は是、非は非とする視線で公益法人について考えていきたいだけである。
 公益法人の収支予算書は、当該年度の収入見込み額(以下、「当期収入」という。)と前年度末から繰り越した資金残高(以下、「前期繰越収支差額」という。)をもって収入合計とし、当該年度に見込まれる事業費・管理費その他の外部流出(特定預金をした場合も外部への支出となる。また予備費も支出に含める。以下、「当期支出」という。)を当期支出として、当期収入が当期支出を上回れば当年度の収支はプラス、つまりそれだけお金が増えることを意味し、逆に当期支出が上回れば当年度の収支はマイナス、つまり赤字でそれだけ資金が減るということを示す。この両者をして当期収支差額という。当期収支差額が年度によってマイナスになるケースは予算上でも決算上でもよくある話であって、正味財産は赤字の分だけ減少するけれど、これは前期繰越収支差額で埋め合わせができるから金詰りの心配など全くない。
 この繰越収支差額が問題になるのは、予算を組むときにどのように扱うかである。次期繰越収支差額は当年度の収入合計から当期支出合計を差し引いた余り、換言すれば期末の資金残高を表す。ところが、主務官庁は、次期繰越収支差額の有額計上を嫌っている。予算編成の段階で意図的に期末資金を余らすことは、それだけ事業を活発に行わないからだと評価するらしい。期末に資金をダブつかせるくらいなら、もっと事業費に回せ、というのが主務官庁の言い分である。そうすることで次期繰越収支差額を「限りなくゼロに近い金額」ないしは「ゼロ」で計上しろという、これは行政指導に他ならない。その言い分には一理あるけれど、意地悪く解釈すれば、何でもいいからともかく予算は使い切れと言っていることのように聞こえる。年度末近くになると、やたら地方視察と称する出張が増えたり、コピー用紙を買い込んだりする公益法人を、私は実際に見聞した。「限りなくゼロに近い金額」を強要することは、主務官庁が公益法人に無駄な浪費を奨励しているようなものではないか。予算執行の場面では、余っても返還の義務のない委託費や補助金を受けている公益法人に、特にその傾向が顕著である。
 殺生与奪の権限を持っている主務官庁の意向には、公益法人も逆らえない。そこで、次期繰越収支差額を「限りなくゼロ」に近づけるための予算を組むために、あの手この手を使って主務官庁の意向に沿った収支予算書を作り上げる破目になる。このような行政指導が続く限り、公益法人の透明性とか運営適正化をいくら叫んでも、これでは効果は期待できない。開示情報の資料も真実性が疑われよう。公益法人再生の芽を摘んでいるのは、主務官庁自身ではないのか。
 度々の繰り返しで恐縮だが、当期収入と当期支出の差額が当期収支差額である。前期繰越収支差額がゼロ(こんなことは、設立初年度の法人以外にあり得ないが)だとすれば、当期収支差額がそのまま次期繰越収支差額となる。ゼロでなく、多い少ないは別にして前期繰越収支差額があれば、これに当期収支差額をプラスして次期繰越収支差額が計上される。また、予算編成の段階では前期繰越収支差額は前年度決算が確定していないから、おおよその金額を推計して計上するが、年度の途中で補正を組むときは、大方が前年度決算で確定した次期繰越収支差額の実額を当年度の前期繰越収支差額として収入予算に盛り込むのが通例である。そうすれば、予算上では当期収支差額がゼロないしマイナスであっても支出予算を大きく膨らませない限り、当該年度収支予算の次期繰越収支差額は有額で計上される。しかし、「それは、ダメよ」と主務官庁は言う。
 ならば、どうする? 話は至って明瞭簡単だ。支出予算をそれこそ限りなく膨らませれば、次期繰越収支差額は「限りなくゼロ」に近づく。ただし、管理費は総支出額の半分以下に規制されているし、そのうちの人件費も過大にならないよう抑えられている。膨らませるものは事業費だが、これは事業計画の変更を迫られるかもしれないから膨らませるにしても面倒だ。あとは特定預金支出があるが、内部留保の規制に引っ掛かる恐れがなくもない。と言って、「ゼロ」のために不急不要の固定資産を買うのも見え透いているばかりか、無駄もいいところ。これらの工夫は、やってやれないことではないけれども、公益法人としての適格性、正当性、強いては公益法人の原点を著しく損なうだろう。官主導とは言え、こういう行為は欺瞞の謗りを免れない。極端なケースを紹介しよう。
 検査・検定を業務とする社団法人だが、その収支予算書は当期収支差額がゼロ、ただし収入の部に多額の前期繰越収支差額を計上している。このままの予算では前期繰越収支差額がそっくり次期繰越収支差額として表示されてしまう。そこで、どうしたか……その前期繰越収支差額を全額予備費に振り替えてしまったのである。これで、見事に次期繰越収支差額を「ゼロ」にしてしまった。大胆と言えば大胆、いい加減と言えばこんないい加減な収支予算書もない。この収支予算書を主管部局は受け付けたと言うから、何をか言わんや、だ。
 公益法人会計基準は予算準拠主義を高らかに謳っている。しかし、公益法人の収支予算書の中には、上述したように数字の帳尻合わせのための杜撰、欺瞞、作為、無定見等々が随所に見受けられる。これでは、何のための予算準拠なのだろうか。予算の意義や機能、予算の重要性、必要性を自覚し、認識しているのであれば、そこに何らかの抑制が働いてしかるべきだと思う。「限りなくゼロ」について、冗談を言おう。
 予算準拠主義を頑なに堅持して収支を実行していたら、新年度開始の4月1日午前9時、手許にはビタ一文のお金もないという現実離れした事態が現実に起きるかも……? だが、そんなことが実際に生じないことは、私がどうこう言うより公益法人の方々が先刻ご承知である。つまり、予算はあくまでも予算、決算は決算であって、決算によって次期繰越収支差額が計上されても、これは予算とは次元を異にした別世界の出来事だ、ということである。だとすれば、会計基準が指示する予算決算対比の収支計算書に、どれほどの有用性があるのだろうか。予算決算対比はナンセンスと言ったら、お叱りを受けるだろうか。

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